「突然ですが千空!今日はなんの日でしょう」
「円周率の日」

はは〜〜言うと思ったぞ科学少年!
とにかく甘いものがたらふく食べられれば幸せな私は世間のイベントにかこつけて菓子を作りまくり、味わい、ばらまくのが大好きだ。
材料費が嵩むのは痛手だが、私のこの性質が周囲に知れわたってからは卵や乳製品を恵んでくれる人がたまにいる。持ちつ持たれつというやつである。

「と、いう訳で焼いてきました。アップルパイでございます」

食べ盛りの男の子には嬉しいガッツリ系スイーツ。とはいえ、人に配るので一口サイズのかわいい大きさである。
実は作ったうちの半分くらいは既に大樹の胃袋に収まってしまったが、大層喜んでくれたので全く問題ない。

「今発想がお粗末過ぎるとか思ったでしょ」
「あー、コテコテ過ぎて言葉も出なかったわ」
「杠と一緒に作ったんだけどな〜」

手先の器用な彼女がいてくれたおかげで、パイの上にはリンゴで作った綺麗な薔薇が咲いている。
ほんのりピンクに色づいたそれは、食べるのがもったいないくらい可憐だ。いや、もちろん食べるけれど。

「そーいうノリ、」

薔薇の花を見つめてくつくつと喉を鳴らす千空の表情は柔らかい。
何かに思いを馳せている時、千空はこういう顔をする。
あどけない頃の面影を残した輪郭と精悍な目つき。子どもと言うほど幼くもないが、大人という訳でもない。

「なあに、どしたの」

冬は、イベントが多くて良い。
こうやっていくらでも理由を付けて世話を焼けるのだから。
家では一人で過ごすことが多かった彼を何故だか放っておけなくてこうして顔を見にきてしまうのだけれど、余計なお世話だというのは重々分かっているつもりだった。
夢を追う父親の背中を押したのは他でもない千空で、彼は彼で充実した日々を過ごしている。

「……なんでもねーよ」
「あっ!なんか先生っぽかった?ふふ」

石神先生は宇宙飛行士としての訓練を積んでいる最中である。千空と二人でこんな話をしてしまって、向こうで先生がくしゃみとかしてたらどうしよう。

「味もお粗末か確かめてくれませんか」

こういうイベントに対して全く唆ってくれない千空には、多少チクリと言わないと分かってもらえないのである。

「そろそろブドウ糖を補給しては如何かね」

取って付けたような合理的誘い文句に、千空は「普通に言えよ」と文句をぶつぶつと言いながらようやくお菓子を口に入れてくれた。

「だいたい、今日は先月チョコだかなんだか貰ったヤツがご丁寧に返す日だろうが」
「さっきパイの日って言ったのは誰だったかなぁ」
「俺だな」

千空って円周率を何桁くらい空で言えるんだろう。
スーパーコンピューターでも未だに計算しきれない途方もない数字。考えただけで何千年も旅をしてきたような、不思議な気持ちになる。宇宙と同じだ。

「ところでお味はどうでしょう」
「……まぁ、食えなくはねー」

言葉は素直じゃないけれど、二つ目に伸びた手があまりにも正直なので、良しとするか。



2020.3.14


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